「日本の施工品質は世界一」と、現場ではよく言われます。私も18年やってきて、その言葉に嘘はないと思っています。
ただ、あるとき気になったことがあります。それだけ品質が高いのに、その品質は誰にどう伝わっているのだろう、ということです。
日本の現場で品質を証明するものは、ほとんどが書類です。写真台帳、検査記録、出来形管理の帳票。膨大な記録を残しますが、それを最後まで読むのは発注者と検査官くらいで、建物を買う人や使う人が見ることはまずありません。
一方、海外には「品質を点数にして外部に見せる」仕組みを国として持っている国があります。逆に「検査そのものを民間の第三者に任せる」割り切り方をしている国もあります。
この記事では、海外の建設の品質管理が日本とどう違うのかを、公開されている制度をもとに整理します。あわせて、日本の現場が今から真似できることも考えます。
なお私は、海外の現場に常駐した経験はありません。ですから海外については、各国の公的機関が公開している制度を読み解く形で扱います。そのうえで、日本側については18年やってきた立場から、実際に現場で起きていることを書きます。
海外と日本の違いを全体像でつかみたい方は、まず日本と海外の施工管理は何が違う?をあわせて読むと、この記事の位置づけが分かりやすくなります。
この記事の結論
日本の品質管理は「記録で証明する」方向に発展しました。対してシンガポールは「点数にして外部に見せる」、米国は「独立した第三者に検査させる」方向に進んでいます。品質そのものの高さではなく、品質をどう可視化するかの設計が違うのです。
シンガポール:建物の品質を点数にする「CONQUAS」
まず、日本の感覚から最も遠いのがシンガポールです。
シンガポールには CONQUAS(Construction Quality Assessment System) という制度があります。建設・建築の規制官庁である BCA(Building and Construction Authority)が1989年に導入した、建物の品質を採点する仕組みです。
ポイントは、これが特定の会社の社内基準ではなく、業界共通の国のものさしとして機能していることです。
CONQUASは何を採点するのか
CONQUASの点数は、大きく3つの部分の加重合計で決まります。
| 評価の対象 | 主な内容 |
|---|---|
| 構造(Structural Works) | 躯体そのものの品質。施工中でなければ確認できないため、工事の進行中に評価する |
| 建築仕上げ(Architectural Works) | 床・内壁・天井・建具など、仕上がりの出来映え |
| 設備(M&E Works) | 機械設備・電気設備の取り付け状態や機能 |
評価は、書類審査ではなく現場での実地検査による施工の出来映え(workmanship)が中心です。ここが日本の書類主義と大きく違います。
さらに構造については、完成後では見えなくなるため、工事が進んでいる最中に評価しなければならないという設計になっています。これは考えてみると当然の話で、躯体の品質は仕上げが付いた後では確認できません。
点数が「その後」に効いてくる
CONQUASが面白いのは、点数を出して終わりにしないところです。
発注者は、CONQUASの点数を施工者に対する目標値として契約段階で設定できます。「この建物は何点以上で仕上げること」という形です。
加えて、BSCQ(Bonus Scheme for Construction Quality)という報奨制度があり、定められた水準を超えた施工者には報奨金が出る一方、出来映えが悪い施工者には罰則が適用されます。
そしてもう一つ。CONQUASの点数は、住宅を買う人が品質の目安として参照することもあります。つまり、品質が市場に対して開かれているわけです。
これは日本の現場で働いていると、かなり衝撃的な発想です。日本で「この物件の施工品質は何点でした」と数字で公表されることは、まずありません。
アメリカ:規制は州ごと、検査は独立した第三者が行う
次に米国です。こちらはシンガポールとまったく別の方向に振れています。
前提として、米国では建築規制の権限は各州にあり、連邦政府は基本的に建築規制を行いません(国土交通省の資料による)。つまり「アメリカの基準」という一つのものが存在しません。ここが、建築基準法という全国一律の法律を持つ日本と根本的に違う点です。
特別検査(Special Inspection)という仕組み
そのうえで、米国には 特別検査(Special Inspection) という制度があります。
これは、通常の検査とは別枠で行われるもので、承認された設計図書や参照規格に適合しているかを確認するために、特定の材料・機器・施工・製作・据付について行う検査と定義されています。高力ボルト接合のように、現場で見なければ確認できない工程が対象になります。
対象範囲は限定的で、全体の検査項目のうち5%未満とされています。つまり「あらゆる工程を第三者が見る」のではなく、リスクの高い急所だけを狙って第三者に見せるという設計です。
検査するのは行政職員ではない
そして、日本の感覚から見て最も違うのがここです。
特別検査を実施するのは、行政の職員ではなく Deputy Inspector(代理検査員) と呼ばれる人たちです。施工者は、行政が公開しているリストから検査員を選び、直接契約を結びます。
リストに登録されている人の多くは行政の元職員で、独立して業務を行っています。ただし条件があり、施工者から独立していることが求められます。
日本にも指定確認検査機関という民間の検査主体がありますが、これは建築確認と完了検査という法定手続きを担うものです。米国の特別検査は、それとは別の「工程の急所を第三者が押さえる」レイヤーだと理解すると、位置づけが見えてきます。
日本の品質管理はどう組み立てられているか
では、日本はどうなっているのか。海外と比べるために、こちらも整理します。
日本の品質管理は、大きく2つの層でできています。
1つ目は、建築基準法にもとづく検査です。 着工前の建築確認、工程途中の中間検査、そして完了検査。これらは建築主事、または国土交通大臣や地方整備局が指定した指定確認検査機関が行います。民間開放されている点は、実は米国と同じ方向です。
2つ目が、公共工事の工事成績評定です。 これは各発注者が、請負工事の施工状況や完成した工事目的物の品質などを評価する制度です。
この工事成績評定は、実は日本版の「点数制」と言えます。
| 比較項目 | 日本(工事成績評定) | シンガポール(CONQUAS) |
|---|---|---|
| 主な対象 | 公共工事が中心 | 民間の建築物も含む |
| 評価するもの | 施工状況・品質・工程管理・安全対策など総合 | 構造・建築仕上げ・設備の出来映え |
| 点数の使われ方 | 過去5年の平均点が総合評価方式の入札で加点対象になる | 発注者が契約目標に設定・報奨と罰則に連動 |
| 一般の人が見られるか | 基本的に見ない | 品質の目安として参照されることがある |
日本でも、工事成績評定は一般に80点以上が優良工事の水準とされ、点数が次の受注に直結します。総合評価方式の入札では、過去5年間の工事成績評定点の平均が評価に反映されるためです。
つまり、日本にも点数制はあります。ただしそれは、行政と業者の間で閉じているのです。建物を使う人には届きません。
現役18年の立場から見た、3つの本質的な違い
制度を並べたうえで、日本の現場で18年やってきた立場から感じることを3つ書きます。
現場から見た違い
① 日本は「記録を残す量」で品質を証明する。だから写真台帳と帳票が膨大になる。
② 日本は品質の判定を発注者と検査官に閉じている。だから施工者の努力が市場価格に返ってきにくい。
③ 日本は全工程を自分たちで見る。だから第三者検査のコストは薄いが、内部で見落とすと最後まで気づかない。
①について。 日本の現場で品質管理と言われたとき、実務の大半は「記録を作ること」です。配筋写真、コンクリートの試験結果、出来形の測定値。これは品質を守るうえで確かに機能しています。一方で、記録の作成そのものに時間を取られ、現場を見て回る時間が削られるという副作用もあります。この構造は、海外の建設現場はなぜ生産性が高いのかで触れた生産性の問題とつながっています。
②について。 これが個人的には一番大きいと思っています。丁寧に仕上げても、雑に仕上げても、買う人からは同じに見える。だから「品質にお金を払う」という市場が育ちにくい。シンガポールのように点数が外に出れば、品質は競争の材料になります。
③について。 日本の現場は自分たちで全部見ます。責任感は強い。ただ、社内の常識で見ているぶん、思い込みで通ってしまうことがあります。米国の特別検査のように、急所だけ独立した目を入れるという考え方は、実は日本の現場にも効くはずです。
なお、安全管理の分野でも同じ構造の差があります。詳しくは海外の建設現場の安全管理は日本とどう違う?にまとめました。
日本の現場が今から真似できる3つのこと
制度は簡単には変えられません。ただ、現場単位でできることはあります。
1つ目は、品質の評価軸を工事の途中に置くことです。 CONQUASが構造を施工中に評価するのは、後から見えなくなるからです。同じ理屈で、自社の品質チェックも「完成時にまとめて」ではなく、隠れる直前の工程に配置し直すだけで精度が上がります。
2つ目は、急所だけ外の目を入れることです。 全数を第三者に見せる必要はありません。米国の特別検査が全体の5%未満で成立しているのが、その証拠です。溶接、高力ボルト、防水。手戻りの代償が大きい工程だけ、社外か他部署の人間に見てもらう体制を作る。これは明日からでもできます。
3つ目は、品質を発注者以外にも見せる工夫です。 現場見学会、施工過程の記録の公開、引き渡し時の説明資料。点数にはできなくても、「ここをこう作った」を伝える手段はあります。品質が伝わらなければ、価格競争から抜け出せません。
よくある質問(FAQ)
Q. 日本の建設品質は本当に世界トップクラスなのでしょうか?
A. 施工の精度という一点では、高い水準にあると考えられます。ただ、この記事で見たように、品質の「高さ」と品質の「見える化」は別の問題です。日本が弱いのは後者だと言えます。
Q. CONQUASのような制度が日本に入る可能性はありますか?
A. 公共工事の工事成績評定という点数制は、すでに日本にあります。したがって、まったく新しい発想が必要というより、その点数を誰まで見られるようにするかが論点になります。
Q. 海外の現場で施工管理として働くには、日本の資格は使えますか?
A. 施工管理技士の資格が国外でそのまま通用するわけではありません。詳しくは施工管理技士の資格は海外で通用する?で整理しています。
まとめ:品質の高さより、品質の見せ方で差がついている
海外の建設の品質管理を調べて分かったのは、日本が品質で負けているのではないということです。
シンガポールは品質を点数にして外に出しました。米国は急所だけを独立した第三者に見せる形にしました。日本は記録を積み上げて、行政と業者の間で完結させました。
どれも合理性はあります。ただ、日本の方式は現場の努力が外から見えないという弱点を抱えています。そして見えないものには、お金が払われません。建設業の賃金や単価の問題を考えるとき、この構造は無視できないと思っています。
制度を変えるのは簡単ではありません。それでも、隠れる直前の工程で品質を確認する、急所に外の目を入れる、作ったものを説明する。この3つは現場単位で始められます。
海外の働き方や生産性についても同じ視点で整理しています。あわせて海外の建設現場の働き方は日本とどう違う?もお読みください。
参考にした公開情報
- BCA(Building and Construction Authority, Singapore)「CONQUAS」制度概要
- 国土交通省「アメリカの建築基準規制」
- 国土交通省「公共建築工事成績評定要領作成指針」


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